趣味のピジョンスポーツ 第21回「鳩は生活の一部、孫のように可愛い」 白井和子さん(木更津南連合会)

鳩レースを行う愛鳩家は中高年の男性が中心ですが、中には女性や若い方々、またご高齢の方、家族で楽しんでいらっしゃる方々もいらっしゃいます。このカテゴリは、鳩レースを楽しむ「ヤング&ウーマン」、「シルバー&ファミリー」の皆さんに、レース鳩の魅力について伺っていきます。 今回ご紹介するのは、千葉県にお住まいの白井和子さん(63歳)。小学生時代に、白鳩を見たことがきっかけで鳩が好きになったという白井さん。鳩飼育から離れていましたが、30歳を越えて再び白鳩と巡り合います。それから30年、女性レースマンとして仕事と子育て、そして鳩飼育に奮闘する日々を送られました。果たして、そのピジョンライフとは…。

「鳩レースを始めた頃は、色々と大変な時期だったんです。でも、鳩を飼うことをやめようとは、一度も思いませんでした」。

千葉県内で鳩レースを楽しんでいる白井和子さん(63歳)は、レース歴30年以上。業界では、珍しいベテランの女性レースマンです。これほどの長い間、彼女が鳩を飼い続けた理由は、どこにあったのでしょうか。

白井さんが鳩と出会ったのは、小学5年生の頃。当時の鳩ブームで、クラスの男子たちが鳩を飼っていたことでした。

「その中に、可愛い白鳩がいたんですよ。それで、自分も飼ってみたいなと、鳩の勉強をしました。当時の憧れは、シルバー鳩の『ミニュエ号』(62年・63年バルセロナIN優勝)。でも、周りの女子は、全然興味を持ってくれませんでした(笑)」(白井さん)。

こうして、ペットとして鳩を飼っていましたが、それも中学生まで。部活が忙しくなり、いつしか鳩飼育から離れてしまいます。その後、学生生活を終え、運送会社へ就職した彼女は、なんと女性ながら大型トラック(ダンプカー)の運転手になります。

やがて三十路を迎え、結婚、出産、そして離婚と、様々な人生経験を積んだ白井さん。そんな頃、再び白鳩と出会ったといいます。

「会社の同僚が、白鳩を飼っていたので、数羽を譲って貰い、鳩飼育を再開。それを知った社長の友人が『鳩を飼うならレースをやれば』と誘ってくれたのが、鳩レースを始めたきっかけ」。

その方は、当協会の木更津連合会の会員。早速、同連合会へ入会しましたが、鳩飼育は実に20年ぶり。小学校時代に買った鳩飼育の本を引っ張り出して、独学で一から勉強し直し、なんとか準備を整えたといいます。

もちろん当時も今も、女性の愛鳩家は希少な存在。紅一点では、肩身が狭かったのでは…。

「連合会は年上の男性ばかりでしたが、全然、平気。仕事柄、男社会には慣れていましたから。逆に、持ち寄りの時に籠を持ってもらったり、種鳩を譲って頂いたり、得することが多かった(笑)」。

とはいえ、白井さんはシングルマザーの身。仕事、2人の子育てに加えて、鳩レースとなれば、やはり苦労が多かったのでは…。

「時間がないのが、一番の悩み。給餌や舎外は自動給餌器や自動入舎記録機の訓練モードを使って工夫しましたね。大変だったのは、持ち寄り。仕事の終わりが遅いので、いつも焦っていましたよ。でも、その忙しさも含めて、楽しかった。あとはエサ代が高くて、家計に響いたかな(笑)」。

こうして鳩レースにのめりこんだ白井さんは、次々と結果を出していきます。07年に東日本チャンピオン、12年にジャパンカップと、長距離レースで各連盟優勝。また03年には、超長距離である東日本稚内グランドナショナル1000Kレースで連盟2位の成績も残しました。

「あまり調教ができないので、いつも鳩なりの仕上げですけど(笑)。レースを始めて分かったのは、『自分は勝負事が好きだ』ということ。常に、優勝を目指したいですね」。

お孫さんができた現在も、木更津南連合会員として、鳩レースを楽しんでいる白井さん。昨年は地区N総合8位に入賞するなど、ご活躍を続けています。そんな彼女に鳩の魅力について伺うと…。

「ワクワクしながら帰還を待っている時間、上空から鳩が羽根をすぼめて自鳩舎に入っていく時、これがたまらないですね。自分の生活に張りもできて、鳩仲間も増えたし、本当に鳩レースをやって良かった。鳩は生活の一部となっていて、年中、鳩にかまっていますよ。孫とどちらが可愛いか?う~ん、同じくらい可愛いかな(笑)」。

厳しい試練を乗り越えてレースを帰還する鳩の姿は、たくましく生きる白井さんの半生と重なって見えます。これからも良き人生、そしてピジョンライフを続けて欲しいものです。

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