連載2-22、交配について その十

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このコーナーは、会員の方からの寄稿や過去に掲載された本誌の記事を元に、伝書鳩及び鳩レースの今昔を鳩仙人の語り口で掲載します。本稿は本誌で連載された「レース鳩作出余話」(83年〜87年連載)を引用・改編しています。

今回から少し過去に遡って、第二次世界大戦後のベルギー鳩界を代表する鳩舎について、その血統を調べていこうかのう。温故知新という言葉があるように、ベルギーの有名鳩舎の歩んできた道を研究するのも、無駄ではないものじゃ。

まずは、ファンデルエスプト鳩舎(シャルル・ファンデルエスプト氏)じゃ。同鳩舎の鳩は、過去の優れたチャンピオン達の祖先を調べれば、非常に多くお目にかかる銘鳩じゃ。

戦後、約10年間の同鳩舎の鳩を調査すると、20羽の基礎鳩に対してモーリス・デルバール氏の鳩が6羽、ヘクトール・デズメ氏の鳩が4羽、ファンデベルデ氏の鳩が3羽、オスカー・デフレンド氏の鳩が2羽、ステッケルボード氏の鳩が1羽、ヤンセン兄弟の鳩が1羽、ポール・シオン氏の鳩が2羽、ヘンゲス氏(ルクセンブルグ)の鳩が1羽と、合計20羽以上の鳩が異血として交配に使用されておる。これは1937年から1946年の間に作出された鳩で、先のファンデルエスプト鳩舎の基礎鳩となった鳩の祖先に見られる異血鳩であり、その後もさらに異血鳩が交配のために導入されているはずじゃ。わかるところでは、ユスケン・ヴァンリール氏、ファンブリアーナ氏、メイオール・ボールス氏、カトリス兄弟、レミー・ビユイス氏などの鳩も使用されておる。

感心させられることは、これらの異血は、当時ベルギー鳩界を代表する第一線級の有名鳩舎であることじゃ。地理的に見ると、これらの有名鳩舎の大部分が比較的、近い地域にあり、交流が盛んに行われていたことも考えられるのう。

ではなぜ、ファンデルエスプト鳩舎のケースを紹介したかというと、長い年月に渡って異血交配で成功を収めてゆくには、このように第一線級の鳩舎からその鳩舎を代表するようなCH鳩の血統を導入し続けなければならないということを承知して頂きたかったからじゃ。同氏からのアドバイスは「毎年、新しい血統の鳩を種鳩として導入しなさい。そして、あなたの鳩舎の鳩全てから仔鳩を作りなさい。その一番仔は決して手放してはなりません」とのこと。これはレース鳩の作出と管理において、最も適切な進言であろう。

同氏の代表的なCH鳩を挙げると、「72号灰雄55-3239872」(父はヘクトール・デズメ氏の有名な「ブリンクス」の兄弟鳩にアンゴーレムN10位のメスを交配、母はファンブリアーナ氏の「コピー」の直仔)がおる。このトリの直仔達が非常に好成績を出したため、56年アンゴーレN26位、リボンヌN17位、58年ドールダン7位などの後、レース参加を中止して、もっぱら種鳩として使用されておる。続いて「シオンの雄号F52-68556」。この父はファンデベルデ、デルバールなどの鳩がシオンの鳩に交配されてできたもの。母はファンデルエスプトとファンデベルデの交配で作出されておる。

以上の2羽は、ファンデルエスプト鳩舎のいわゆるゴールデンカップルで、その仔には「ペグリー」などがおり、同氏が亡くなった後、ベルガス伯爵に買い受けられ、その子孫はインブレックス鳩舎の銘鳩群をつくり出す一方に力となったのじゃ。

また「古いカレル号灰栗雄53-3334013」や「古いリボンヌ号灰栗雄」などは、オスカー・デフレンド鳩舎の鳩が交配に使われており、後者の直仔にはファンネ父子鳩舎の有名な源鳩「モッタ」がでておる。

では次回は、オスカー・デフレンド鳩舎について語るとするかのう…。

(この稿、続く)

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